2008年07月01日

短歌を古語で詠むということ。

こんばんは。今日は、古語短歌の話です。

短歌を始めようとする人の中に古語で短歌を詠みたいと思う方って意外に沢山いらっしゃるみたいなのですが(←特に年配の方?)、短歌入門の本などをを見ると"古語で短歌を詠むのはやめましょう"としている本もあるようで、実際に古語短歌を詠む人というのはあまり多くないのかなと思います。

古語を用いない方がよい理由というのは、@現代の事柄を詠むのにそぐわない(現代の固有名詞や現代語を用いづらい)、A現代とは意味の異なる言葉があるため分かりづらい、などが挙がるようで、第三者が見たときに意味がとりづらい歌ができる可能性が高いというのは確かだと思います。

それでもなお、古典に属する和歌に親しむだけでなく、自分でも古語短歌を詠みたいと考える人は、@古典の本歌取りをやりたいとかA古雅な雰囲気の和歌を技巧的にも楽しみたい、といった人が多いのではないかと思います(@A以外の理由もあると思いますが)。

そして古語短歌を詠む人がその短歌を見せたい相手、その短歌の意味を伝えたい相手というのは、(必然的に)同じく古語短歌を詠む人や古典に属する和歌が好きな人ということになるのだと思います。
※といっても"古語に親しみを感じない方には分かっていただけなくて結構です"みたいな排他的な気持ちがあるとかいうのではなく。

ちなみに、今年のマラソンでは、僕は古語の短歌を沢山詠みまして、古典の本歌取りをやってみたりもしたのですが、基本的には口語で詠むのと気持ちは変わらないというか、その時の自分に見えたりその時の自分の中に在った"今"の気持ちを詠んだ歌ばかりです。

上の方で触れていることと少し重なりますが、古語短歌というのは、サラッと一読して分かりづらい歌もあると思うし、読み手を拒絶するところすらあるのかもしれないけれど、そして自分で古語短歌を詠もうと思えばそれなりの準備も必要だけれど、それでもやはり古語には古語の良さがあって、鑑賞できるようになったり自分でも詠めるようになるというのは、そんなに難しいことではないということを、ここに書いておきたいと思います。

それでは、また。
 
posted by 磯野カヅオ at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 和・古 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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