2009年08月16日

与謝野鉄幹のこと(鉄幹編)。

今日は、与謝野鉄幹のこと。

与謝野鉄幹の略歴については"寛編"をご覧ください。


○情すぎて恋みなもろく才あまりて歌みな奇なり我をあはれめ(『紫』)
○輝やかにわが行くかたも恋ふる子の在るかたも指せ黄金向日葵(『毒草』)
○大空の塵とはいかが思ふべき熱き涙のながるるものを(『相聞』)
○いにしへも斯かりき心いたむとき大白鳥となりて空行く(『相聞』)
○しよざいなさ動物園の木の柵に面いだしたる駱駝ならねど(『鴉と雨』)


"寛編"では書いていない、しかし与謝野鉄幹のことを語る上では欠かせないエピソードを以下にもう少し書いてみます。

例えば、寛は明治28年から明治30年にかけて、韓国へ三度行っています。最初は、日本文化と日本語普及を目的とした乙未義塾という学塾の教師という立場で渡韓したのですが、それ以外にも商業的な目的があって(要は儲け話ですが)何度か渡韓したものと思われます。この点は、なんというか、野心的な、もう少し書いてしまえば山師的な、そういった素養も持ち合わせていたと見られることにつながっているようです。

それから、鉄幹には、晶子以外にも複数の女性の影がありました。晶子と結婚する以前には二人の内縁の妻がいて、それぞれに子どもも授かりました。二人目の内縁の妻である林滝野は『明星』創刊時の発行人兼編集人となっており、『明星』創刊当時の費用は滝野の経済的援助に因る部分が大きかったようです。また、晶子との間には実に十二人の子どもに恵まれましたが(うち一人は死産)、晶子と結婚した後も、別の女性のこと詠んだと思われる短歌があったりもします。


一方で、鉄幹の幼年and青年時代はとても貧しく、それは晶子と結婚してからも同様で、ほとんどいつも"金欠状態"の鉄幹(&晶子)だったようなのですが、落合直文からは過分とも言える庇護を受けたり、『明星』創刊の際には滝野がいたり、その後の『明星』刊行にも寄付が集まったり、歌集には森鴎外が序文を載せていたりと、何のかのと与謝野夫妻の力になってくれる人にも恵まれていたように思います。


浪漫主義時代の人間あるいは浪漫主義者は大きく三つの型に分けられるそうで、(初期の)鉄幹はイギリスの詩人である"バイロン型"にあてはまるそうです。すなわち「何かにつけ爆発的衝動を伴うがゆえに、行動に方向がなく、変化が多様で、目標が常に動く」というタイプ。

この表現は言い得て妙で、鉄幹の性向が端的に挙げられているのではないかと、僕は感じます。


与謝野鉄幹個人に焦点を絞って書かれた本は少なく、晶子と併せて、あるいは晶子に重きを置いて書かれた本がほとんどです。以下にオススメの本をいくつか紹介してみます。

「与謝野鉄幹」(中皓、桜楓社)
与謝野鉄幹個人について書かれた数少ない本です。鉄幹の出生から業績、晩年までが簡潔にまとめられていて、短歌の鑑賞も行われています。この一冊を読むだけで、鉄幹のことは概ね分かるような気がします。

「与謝野鉄幹-鬼に喰われた男-」(青山史、深夜叢書社)
比較的新しく、比較的平易に書かれた本です。最近(昭和56年)になって判明した鉄幹の初恋の人(?)のことについても書かれています。やや"鉄幹びいき"の感もありますが、与謝野鉄幹の良さが分かる一冊です。

「与謝野鉄幹研究」(永岡健右、おうふう)
旧字体の引用文が多いので、上記二冊のようにさらっと読むというわけにはいかない一冊ですが、広範に渡って著者の考察が含まれており、鉄幹出馬時のことなども丁寧に書かれています。

「評伝与謝野鉄幹晶子」(逸見久美、八木書店)
明治43年までの鉄幹と晶子の遍歴が詳細にまとめられています。鉄幹&晶子の研究本としては名高い一冊なので、鉄幹&晶子ファンにとっては必読の本ということになると思いますが、如何せんボリュームがあるので、他の軽めの晶子本などを読んでからの方がよいと思います。

「明治大正文学史」「浪漫主義研究」(吉田精一、桜楓社)
例えば浪漫主義の概略を知ろうとすることは、必然的にその前後の文学思潮なども知ることにつながります。上記の二冊はその助けとしてとても参考になると思います。


「晶子曼荼羅」(定本佐藤春夫全集第13巻所収、臨川書店)
「晶子の恋と詩」(「明治の青春」改題)(正富汪洋、山王書房)

与謝野晶子(&鉄幹)について書かれた小説、随筆です。

「晶子曼荼羅」は与謝野晶子の伝記でも評伝でもなく、あくまでも与謝野晶子という人を主人公にした小説であり、若干のフィクションも含まれています(←著者もそのように述べている)。

この小説の反対側にあるものとして位置付けられるのが「明治の青春」の内容です。正富汪洋は、与謝野鉄幹の内縁の妻であった林滝野の後年の夫です。鉄幹や晶子に関することや、「晶子曼荼羅」で滝野のことについて書かれた部分に関する滝野の見解(反論)などが、正富汪洋によって書かれています。

読む際には、どちらも読むことをオススメします。


※与謝野鉄幹の詩歌等については、「明治文学全集51与謝野鉄幹晶子集」(野田宇太郎編、筑摩書房)などを参照のこと。


与謝野鉄幹は、歌人としての実績以外に多くのエピソードを持つ人物であり、味方になってくれる人と同じくらい、敵も多かった人なのだなあというのが、僕の鉄幹像です。晶子の陰に隠れがちな鉄幹の破天荒ぶりは実に興味深く、単純に"与謝野鉄幹は素晴らしい人だ"と言わせないところが鉄幹の魅力であり、それが、僕が鉄幹のことをブログに書くことにした理由なのだと思います。


またいつか、誰かのことを書きたいです。
 
 
posted by 磯野カヅオ at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 和・古 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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