2007年05月24日

「輝く日の宮」のこと。

「題詠blog100首マラソン(2007)」用にアップした短歌についてコメントをいただいたことに気づき、嬉しくて仕方がないので、何かアップしようと思って書いているのが今日の内容。調子いいな、自分。

覗きに来ていただけることを確認できるだけでももちろん嬉しいのですが、具体的にコメントをいただけるということもやはり嬉しいものです。
でもその気持ちというのはここに書いておけばコメントをいただいた方には分かっていただけるのでしょうか。
鑑賞サイトのシステムがイマイチよく分かっていない自分がいます。あるいは、いただいたコメントの後に自分のコメントを書いておけばいいのか?ブログの勝手もよく分かっていません。

ちなみに「題詠blog100首マラソン(2007)」については、今年の5月と6月は少し忙しくなると思っていたので、なので早い完走を目指したというのも、実はあったりしました。まぁそれはそれでよかったんですけどね。


では本題に。今日は丸谷才一さんの「輝く日の宮」という本の話。

・「源氏物語」には「輝く日の宮」という帖があったのではないか?
・「源氏物語」の全ての帖は、二つの系統に分けて書かれたのではないか?

といった大胆な推測がなされているのが、この「輝く日の宮」という作品。特に二点目の方は、ただ"源氏物語が好き"というぐらいでは到底提示できない推測です。

物語の中では主人公の女性国文学者がこの仮説を唱えるわけですが、「源氏物語」の創作については、この二点以外にもいろいろな説が唱えられており、全ての帖を読み終えた後で、そういった説について考えてみるだけでも、楽しいのではないかと思います。

また、この「輝く日の宮」という作品、「源氏物語」をきちんと読んだことがなくても楽しめるのです、もちろん「源氏物語」に全く興味がないという人には退屈だと思いますが。

"日本の古典に興味があって「源氏物語」もちょっと長いけど読んでみたいとは思っている"といったような人は、この「輝く日の宮」を先に読んでみるのも悪くないと思います。「源氏物語」が未読の人にとっては「源氏物語」を読んでみたい!という気にさせる作品でもあるのです。

構成も凝っています。
各章の文体がバラバラで、主人公の一人称視点があったり、新聞記事のように事実を列記したり、戯曲形式だったりと、まるでジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」のよう。それは丸谷氏が「ユリシーズ」の翻訳を行っている(他の訳者と分訳)という点と無関係ではないものと思われ、丸谷氏の文章の旨みも味わうことができるというわけです。

「源氏物語」や百人一首が好きだという人は、丸谷才一さんのこともきっとご存知で、すでに「輝く日の宮」も読んでいることでしょう。

短歌を詠んだり鑑賞したりするのが好き→「源氏物語」に出てくる短歌も味わってみる→「源氏物語」を読んでみる→「輝く日の宮」も読んでみる、みたいな流れでもって(意外に迂遠だが)、おヒマのある方は「輝く日の宮」に手をのばしてみてください。
 
posted by 磯野カヅオ at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 和・古 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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